織田信長今川義元桶狭間で打ち落とし、そして斎藤竜興を討って、美濃を手中に収めた頃の話。
 この頃の信長にとって最強の敵といえば武田信玄。信玄は天下取りの野望をもっている。だが、謙信のけん制により、甲斐の地から動けないでいる。だが、状況はどう変わるか解らない。もし、信玄が京にのぼるとなれば、進路に当たる三河の徳川、尾張の信長はひとたまりもない。
 そこで信長は否は辛抱の時、信玄の機嫌をとっておかなければならないと考え、四季折々に豪華な贈り物を信玄に届けることにした。
 信玄はその贈り物の見事さに感服していたが、ある時、贈り物が入っている漆塗りの外箱に小柄をぬいて刃を立てた。漆は何層にも重ね塗りされた立派なのものであった。
 信玄は唸った。
「信長という男、くせ者かと思ったが、なかなか実のある男とみえる。贈り物の外箱といえば、一層塗りで充分だが、信長はこのような丹精込めた漆塗りを贈って寄こした」
 疑い深い信玄もこれを機に信長を信用するようになった。